気を楽にしろ、粗忽屋

気を楽にしろ、粗忽屋

オタク趣味を楽しくインテリアにしたい工作初心者の、100均リメイク・ミニチュア・雑貨工作etc。ワンピース フィギュアのお洒落なディスプレイを探求すれど道は険し…

フィギュアや物が好きなら、それ以上に自分を大事にねという話

フィギュアというオタク趣味の権化、昔の自分なら絶対に自分の部屋に入れたくありませんでしたが、入れちゃったので、なんとかおしゃれたのしくしたい一心のタバサです、こんにちわ。
オタク心をおしゃれのお餅で挟み、柏の葉っぱでくるみたい季節になりました。

さて、フィギュアに限らず、愛でる趣味をもつ人からお金をコレクションするべく、続々と発売され続けるコレクターズアイテム。

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生来マニア気質のタバサ、欲しい欲求に引きずられ、しかもいい歳してからオタク覚醒したため大人買いの特権にも酔いしれて、「つい」買っては何度も「失敗」してきました。
失敗から得た教訓を生かそうとして、更に失敗を重ねました。

今回は、その失敗から学んだことと、今すごーーく欲しいワンピースフィギュアを、その教訓を生かして考えるとどうなったかという報告です。
長いけど、話はごくごく単純です。

増えてゆく「お気に入り」たちが、ストレスになってゆく現実

「厳選」したのに、フィギュア(物)の置き場所がない!

タバサがフィギュアやアンティーク、キャラクターものを買うようになったのは割と最近です。
しかし、よくあることにジワジワと飾る場所が不足してきた。

挙句、「開封しないでしまい込む」「積んどく」というコレクターオタクの真骨頂にして、最悪の奥義まで駆使する羽目に。
(これだけはやりたくなかった…)
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ついに“ケースに入れてギッシリ整列でもさせないと無理”という事態に陥り
「その飾り方はしたくない~!自分の居心地のよさは手放せない~、でも欲しいモノは欲しい~!」
タバサは頭かかえました。

好きで買ったものに暗い気持ちを持つと、自分にもネガティブな気持ちを抱く

タバサだけかもしれませんが、手に入れた瞬間のシアワセな気持ちは、その後の扱いで簡単に変わってしまいます(心変わりを除く)。

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【その物(フィギュア)に合った、自分が本当に納得できるディスプレイ】ができないと、いくらその物の造形が素晴らしくても、いくら自分がその物が好きでも、部屋の中で浮きつづけて、だんだん自分の中のオンコジーンのように感じ始めてしまう。
チャート式でいうと;

 部屋に飾ってても違和感がある(なんかチョット違うような)
       ↓
 自分で気づかないうちに負担感(↑を見過ごしてガマンしてるから)
       ↓
 人形への失望感(思ったほどよくなかったのかな)
       ↓
 自分への失望感(あーあ、また失敗か)

好きで買ったものに負担感・後ろ暗い気持ちをもつと、それを買った自分にもネガティブな気持ちを抱いてしまう。
好きで買っただけに、余計なおさら。

好きなものを心のお荷物にしないために、見直せることは?

購入条件の整理:「どれだけ好きか」と「置き場所ある?」だけじゃ不十分
こうなる前に、どうすべきだったかなんて小学生でもすぐわかったはず。
でも当事者で、あまり頭がよくない上に「欲にひきずられてる」真っ只中のタバサには、すぐにはわからなかった。

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要は、
「買った後で、おしゃれまたはユニークなディスプレイでインテリア性を高めようと悩むなら、はじめからフィギュアに対するハードルを上げて厳選しとけばよい」だけ。

そんなの基本、タバサも今まで分かってたつもりでいたんだけど、甘かったんだなあ、と気づいたのでした。

フィギュア(でも何でも)買う時に、
「ほんとに必要?」「置く場所あるの?」を自分に確認するのは基本ですが、「欲しい」が強すぎて、「置く場所は?」にシビアさが足りなかった。

「どこに置くの?(ピンポイントでココ!)」
「どういう形?むきだし?ケース?」
「面白くできる?おしゃれ風にできる?どうやって?」
「他との調和はどう見える?」
「自分がそれで居心地いいの?」
「本当に?」
とことん、具体的に突き詰めて考えるべきだった。
もちろん一通り考えるんだけど、どこかに「後は買ってから考えよ」「ダメならまた考えよ」があった。
とにかくそのときは「欲しい」が強くて。

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しかし、逆に、
好きな(欲しい)気持ちが強いなら強いだけ、そこは余計シビアに吟味すべきだった。
なぜなら、後の失望感(人形にも自分にも)がそれだけ強くなるから。
失望感が強いほど、自分をも傷つけることになるから。
自分では気づいてないんだけど、実はじわじわ痛めつけていたらしかった。
モノが好きなのと同じ位かそれ以上、自分のことを好き?
思い入れのある買い物に失敗したとき、「モノに申し訳ない」という気持ちもあるけれど、それより、どんな些細なきっかけであっても、結果的に「自分にネガティブイメージを抱く」ということは、「自分を虐めてる、嫌ってる⇒自分に申し訳ない」ことでもあるんじゃないかと思います。

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タバサはめちゃくちゃ自分を否定してきたしっぺ返しを、あるとき強烈に食らったので、ちょっと過敏かもしれないけれど、「自分を嫌う」って、些細なことでも強烈なネガティブパワーがある。
「こんなでもいいのさ」と開き直りたくても、難しい。

だから、極力、そういう事態を招かないようにしたい。
失敗から学んで繰り返さないようにしたい。
それでも、失敗するのが人間だから、また失敗はする。
でも、きっと前とは違う失敗になるはず。

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実際、一度意識したあとは、また失敗しても、失敗の種類が少しずつ違っていました。
そうやってだんだん学ぶのかなーと、やっとわかってきたところです。

話を戻して、極論ですけれど、
好きなものを購入するとき、
「大事にできるかをどれだけ真剣に考えるか」は、「どれだけ自分を大事にできるか」につながってるのではないでしょーか。
突き詰めれば、
「好きなものと同じかそれ以上、自分のことも好きで大事にできるか」。

好きなものを買った結果、ガッカリしたり、「失敗しちゃった~」と思うなんて、残念を通り越して自虐的ですらあるような…。
自分の一部として傍に置ける方法(ディスプレイ)を考えぬく
↑の繰り返しになるけれど、とにかく具体的に突き詰めてシミュレーションする。
ほんの少しでも「後で考えよ♪」という愛嬌(?)は割り込ませない。
ちなみに、想像力が乏しいためか「だめならまた考えよう」でうまくいったためしが、タバサにはほとんどない。(次々と臨機応変にアイデアが湧く人は心配ないと思う)
ので、とにかく一通り、とことん具体的に考える。

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神経質かな…。
もし、部屋や置き場に余裕があるなら、そんなに気にする必要はないし、そうならいいなぁと思う。

でも、広くない部屋は、一つのアイテムの影響力を受けやすい。
その時点で「余裕がある」とはいいがたいのに、さらに、好きなものがたくさんあるタバサが「気に入った」だけ集めてしまうと、あっという間に飽和状態になってしまう。

だからって、ギチギチ自分を縛るのもアレだからこう考える。
数を減らすのが目的じゃなくて、「部屋(自分)の一部として違和感(気に入らない部分)なく置いておけるものだけ、そばに置く」のが目的だからね、と。

「傍に置きたいほど好き⇒買う!」という認識が自分にはなかった。
もしかして、これって一般常識で、今更だったのかもしれないけれど…。
どーーしても思いつかないけど欲しいときもあるのよさ

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うまいこと傍に置く(自分の居心地を損なわない)方法が見つからない、「どーやっても部屋や持ち物にそぐわない」のに、好きで仕方ないものも、なぜかある。

そういうときの今のところの対処法;
1)ひな人形扱いにする
「大事にしまいこんで、たまーに出して眺める。そしてしまう」。
自分でバカみたい!と思うけど、そこまでしてでも持っていたい、でも部屋に飾っておけないor持ち歩けない、そういうものは諦めて「お雛様」扱いです、今のところ。

2)とことん活用法を考え続ける

実は今、すんごく好きで惚れ惚れ眺めるフィギュアが2名いますが、なかなかドンピシャの飾り方を考えられなくて、ずーーっと考え続けてます。
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でも本当に好きで、処分も収納もできないのです。

日常生活で折に触れ、「コレをあのフィギュアに応用できないか」となんでも結び付けて考えるのです。あれでもない、これでもないと考えつづけるうち、今やっと少し、「お。これなら?」というのを思いついたので、ちょっとずつ構想を固めています。

羽柴秀吉も言ってました;
「とにかくそのことをずーーっと考え続けるんじゃ。そしたらアイデアが出るんじゃ」と。
…戦国TV(TVKテレビ)で。

「吟味」「厳選」の意味(いまさら)

好きならその好きなぶんだけ、自分の一部にできるか位の真剣さが必要だったと今更気づいたわけですが、振り返ると今まで厳選・吟味してきたつもりでいて、最終的に「うるせえ 好きなんだからいいじゃないの」に振り切ってしまったケースがとても多かった。

「吟味する」って、「どれだけほしいか」と「飾る場所あるの?」の釣り合いをとる程度だと、なんとなく思ってたけど、自分に責任を負うことだったのかなぁと今更です。

部屋に連れ込む=インテリアの一部にする(溶け込ませる)、ということ
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どんだけ楽しくできるか、どんだけ自分が心地よく暮らせるか。


こう考えると、タバサはオタクコレクター(?)として邪道かもしれません。

ものすっごい好きでほしくても、自分(生活)の一部にできないなら手に取れないということだものね。
しかし、今までそこを無視して、「これ珍しい!」「かっこいい!」が勝って手に入れたものたちは、結局うまく付き合えなくて、手放さざるを得ませんでした…。

今すごーく欲しいフィギュア購入を、失敗経験を適応して検討する

ワンピース 造形物語 PORTGAS・D・ACE(仕事の流儀的フィギュア)
今とってもほしい!状態なのは、先日発売のワンピース漫画のフィギュア。

圧倒的な造形力のボニー&エース!バンプレスト ワンピース「GLITTER&GLAMOURS -JEWELRY. BONNEY-」「造形物語-PORTGAS・D・ACE-」 - DtimesDtimes

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ところで、仕事の流儀的ってどういう意味?
タバサはてっきり、「キャラクターの仕事の流儀」(例:トラファルガー・ローなら医者としての役割を表すフィギュア)かとホクホクしてたら、「作った人(造形師)の」流儀、つまりNHKプロフェッショナル的な、スガシカオ流れる的なそんな現場で作ったんですよ~この人形、という意味だった。
まぎらわしい…。
でも、お人形はかっこいい。

基本条件である、「そのものが好き」は軽くクリア。
  ・エースが好き。
  ・人形の顔かっこいい。
  ・ポーズかっこいい。
  ・造形が細かく精巧(だと思う)。
  ・原作にない服装・動きで、新鮮、かっこいい。

ものすごーく欲しい。ほんとに欲しい。情報みてからずっと気になってた。

さてこれが、部屋のインテリアとして自分の一部にできるか?ですが…。
 ・場所:なくはないがちょっと狭い。
 ・ユニークまたはおしゃれに飾れるか?
  ⇒ 可能。組み合わせたら面白い人達が2人いる。絶対似合う。
 ・置いてて嫌にならないか:他の人形と組み合わせたら面白いので、ならない。
 ・最悪「ひな人形」扱いにでもしていいくらいか?:正直そこまでわからない

前のタバサなら、「なんとかなるかも?とりあえず買う」へ踏み切りましたが、今のところ、団長の思い(誤字じゃない、進撃の巨人参照)で、保留…。

価格的にも、バンプレのクレーン景品なので、後で事情が変わってもプレミアついたり市場から消えたりはないだろうという算段も働いています。

f:id:Tranquilo:20170429055448j:plainフィギュアーツZERO Artist Special 

逆にこの↑「エース as クロヒョウ」は現在、2~3万円が平均価格らしい。
ハガキより小さいのに!
(でも近所のブックオフで8,000円でずっと置いてあるけど)
(これも超ほしいけれど、上記のフィルターにかけて断念した)


「買って気に入らなかったら手放せばいいじゃん」でスッキリ解決の方には意味不明・無縁の話だったかと存じます。
う~長かったな。

これも数年したら、また考え方が変わるかもしれませんし、わかりません。
人生どうなるかは。
ほんとに。